渋谷の地下に流れる川
東京 · Japan

渋谷の地下に流れる川

東京, Japan
75
所要時間(分)
2.0
距離(km)
9
スポット数
簡単
難易度

説明

世界一の交通量を誇るスクランブル交差点に立ち、画面ではなく足元を見てみてください。そこから続くすべての道が上り坂になっています。渋谷とは、街の中心を装った川の谷間なのです。そして、その川は今もそこに存在しています。1930年代から1960年代にかけて、駅周辺の再開発に伴い、少しずつコンクリートの箱の中に閉じ込められました。1964年の東京オリンピックがその決定打でした。下水が剥き出しになっているような状態を、世界中が注目する東京は見せたくなかったからです。この水の流れを辿れば、街のランダムに見える景観が実は必然であることがわかります。盗賊の名を冠する坂は、谷の壁です。40軒もの小さな飲み屋が並ぶ路地が生き残ったのは、その土地が低すぎて高層ビルを建てる価値がなかったからです。公園が屋上にあるのは、その下の地面がすでに蓋をされていたからです。有名なショッピングストリートがあのようにカーブしているのは、それが道路ではなく、正式名称を「旧渋谷川遊歩道」という川そのものだからです。この散策は、2018年に再び姿を現した、川の全貌を直接見ることができる場所で終わります。

ハイライト

教科書でおなじみの数字とは異なる、スクランブル交差点の真の姿 地下水路はどこを走っているのか、そして2009年の公文書がそれを「川」と認めなくなった理由 再開発の波にのまれることなく生き残った40軒の酒場「のんべい横丁」 キャットストリート:川沿いの道ではなく、川そのものを舗装した道 みんなが行列を作る有料の展望台ではなく、谷全体を一望できる11階の無料ロビー 1092年に安全な高台に創建された金王八幡宮と、その名の由来となった一族 2018年に整備された「渋谷ストリーム」の川。正直に言えば、清流ではなくコンクリートで固められた水路の姿

ツアースポット

忠犬ハチ公像
1

忠犬ハチ公像

5 分

渋谷駅ハチ公口にある秋田犬の銅像。ハチ公が生前見守っていた1934年の初代像が戦時中に供出されたため、1948年に再建されました。駅前の低い場所に立っており、交差点から離れるすべての道が上り坂になっていることがわかります。

渋谷スクランブル交差点
2

渋谷スクランブル交差点

5 分

世界で最も撮影されている歩行者専用交差点は、本物の川の谷底にあります。交差点の端にある駅舎の下には、長さ約250メートルのコンクリート製の暗渠(あんきょ)があり、渋谷川が流れています。戦後の廃棄物でドブ川と化したため、1964年のオリンピックを前に蓋をされました。

道玄坂
3

道玄坂

5 分

道玄坂は渋谷の谷の西壁を登る坂で、駅と頂上の交差点の間に約20メートルの高低差があります。その名は「道玄」という人物にまつわる、解決されていない2つの伝説に由来します。鎌倉時代の山賊か、あるいはこの丘に庵を結んだ僧侶か。

のんべい横丁
4

のんべい横丁

5 分

線路の土手と、暗渠化された渋谷川の間に挟まれた、幅2メートルの路地に並ぶ約40軒の小さな飲み屋街。ほとんどが4〜8人掛けです。1951年、渋谷の戦後の闇市をこの川沿いの余剰地に移転させたことで始まり、1952年から営業を続けています。

宮下公園
5

宮下公園

5 分

1966年に開園した東京初の立体公園で、暗渠化された川の上の駐車場を覆う形で再建されました。ナイキとの命名権契約と2010年のホームレス居住者の立ち退きを経て、2017年に閉鎖。2020年7月にショッピングモールと18階建てホテルの屋上公園としてリニューアルオープンしました。

キャットストリート
6

キャットストリート

5 分

キャットストリートの正式名称は「旧渋谷川遊歩道」。暗渠化された渋谷川(穏田川)の流路に直接舗装を施した歩道で、直線ではなく蛇行しているのはそのためです。明治通り近くの渋谷キャストから表参道の交番を横切り、原宿に向かって1キロ弱の低層ショップが続きます。

渋谷ヒカリエ スカイロビー
7

渋谷ヒカリエ スカイロビー

5 分

渋谷ヒカリエ11階のスカイロビーは、ガラス張りの公共エレベーターロビーで、チケットや予約なしで無料に入れます。渋谷駅と交差点を見下ろす西向きの展望で、混同されやすい渋谷スクランブルスクエアの有料展望デッキ「渋谷スカイ」とは全くの別物です。

金王八幡宮
8

金王八幡宮

5 分

1092年、この谷を支配した武家の一族の守護神として創建。川の東の高台にあった渋谷城内に位置していました。城は1524年に焼失し、石が1つ残るのみです。現在の姿は1612年の本殿、金王桜、稲荷の鳥居の回廊です。

渋谷ストリームと姿を現した川
9

渋谷ストリームと姿を現した川

5 分

2018年に「渋谷ストリーム」タワー横に姿を現した、渋谷川の開放区間。代官山や恵比寿へ向かって南に延びる、約600メートルの植栽された遊歩道です。この散策における埋め立てられた川が、唯一日光の下で見られる場所であり、水流は水再生センターからの再生水で補給されています。

ツアーの一部をご紹介

これはこのルートのあるスポットで実際に読める解説です。どのスポットにも用意されています。

忠犬ハチ公像

まずは、今日のルートを確認しましょう。9つのスポットを巡る約2キロメートルのコースで、所要時間は約75分です。すべての場所に無料で立ち寄ることができ、事前の予約も不要です。そのうち2箇所は屋内かつ上層階にあります。ショッピングセンターを通って行く屋上公園と、エレベーターで昇る11階の無料ロビーです。なお、屋上の有料施設は選択肢の一つであり、この散策には含まれません。このコースは平坦なループではなく「谷歩き」であるため、2回ほど短い登り坂があります。必要なのは歩きやすい靴と、世界的に有名なこの場所を少し違った角度から見てみようという好奇心だけです。 さて、ハチ公についてです。ここにはほぼ間違いなく写真を撮るための行列ができています。その行列は、形を変えながら90年間ずっと続いてきました。 ハチ公は、1923年11月に秋田県大館市付近で生まれた秋田犬です。翌年、東京帝国大学で農業土木学を教えていた上野英三郎博士によって子犬として東京に連れてこられました。博士の家はここから歩いてすぐの場所にありました。日課は決まっていました。博士が仕事に行き、夕方になるとハチ公が駅まで迎えに行くのです。1925年5月21日、博士は大学で脳出血のため亡くなりました。博士が帰宅することは二度となく、それを犬に説明できる人はいませんでした。 ハチ公は待ち続けました。数週間ではなく、9年間も。親戚や元使用人の家を転々とさせられ、駅員に追い払われ、焼き鳥屋から餌をもらいながらも、列車が到着する時間になると駅に現れました。この話が全国的に有名になったのは1932年10月、日本犬保存会の創設者である斎藤弘吉氏が朝日新聞に寄稿したことがきっかけです。日本中が涙し、すぐに動き出しました。彫刻家の安藤照に銅像の製作が依頼され、1934年4月に除幕式が行われました。高齢で困惑した様子だったハチ公自身もその場に立ち会っています。ハチ公は1935年3月8日に亡くなりました。何十年もの間、焼き鳥の串が死因だと言われてきましたが、2011年の臓器再調査で末期の癌と寄生虫感染が判明しました。胃の中にあった4本の串は、何一つ傷つけていませんでした。 今皆さんの目の前にある像は、ハチ公が立ち会ったものとは異なります。初代の銅像は戦争のために供出され、安藤照も空襲で亡くなりました。1948年にハチ公を復活させようと結成された団体が、息子の士(たけし)に依頼しました。息子は写真と記憶を頼りに父の作品を再構築したのです。つまり、目の前にあるのは、待ち続けた犬の姿を息子が父の作品を再建したものです。小さなブロンズ像に、これほどまでの忠誠心が込められています。 現在、ハチ公像は立派な「住所」として機能しています。説明が面倒なときは「ハチ公前で」と言えば通じますし、背後の駅出口は正式に「ハチ公口」と呼ばれています。街全体が、死んだ秋田犬を地図上の座標として使っているのです。 そして、なぜ皆さんが今ここに立っているのか。ゆっくりと周囲を見渡して、この広場から伸びる道を見てください。どの道も上り坂になっています。左に続く道、正面の道、駅の裏側の道、すべてが登っています。皆さんは谷底に立っているのです。街において谷という地形は偶然にできるものではありません。石畳を敷き、建物を建てるずっと前に、この地形は形成されました。今日の散策のすべてをひとことで言えば、渋谷は街を装った川の谷間だということです。そのことに気づけば、この街の形が決してランダムではないことが理解できるはずです。8つ先のゴール地点では、この街の基礎となっているものそのものを直接見ることができます。

東京 のその他のツアー

近くの都市

東京 のツアーに戻る

Cookieの同意

サイトのトラフィック分析と体験向上のためにCookieを使用しています。分析Cookieを承認または拒否できます。 詳細を見る